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宇都宮地方裁判所足利支部 昭和46年(ワ)79号 判決 1975年12月23日

当事者の表示

別紙当事者目録

記載のとおり

主文

一  被告医療法人秋山会は

1  原告X1、同X2、同X、22、同X3及び同X23に対し各金四〇〇万円、

2  原告X4、同X5、同X6、同X7、同X8、同X9、同X10、同X11、同X12、同X13、同X14、同X15、同X16、同X17、同X18、同X19、同X20、及び同X21に対し各金二〇〇万円、

3  原告X24及び同X25に対し各金一三三万三三三三円、

4  原告X26、同X27、同X28、同X29、及び同X30に対し各金二六万六六六七円、

5  原告X32、同X23、同X34、同X35、同X36及び同X37に対し各金三三万三三三三円、

6  原告X38に対し金二〇〇万円

及び右各金員に対する昭和四六年九月一〇日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告X31の被告医療法人秋山会に対する請求、並びに原告X31を除くその余の原告らの被告医療法人秋山会に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告らの被告栃木県に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告らと被告栃木県との間においては、全部原告らの負担とし、原告らと被告医療法人秋山会との間においては、原告らについて生じた費用を二分し、その一を被告医療法人秋山会の負担とし、その余の費用は、各自の負担とする。

五  この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一、原告ら

1  被告らは、各自

(1) 原告X1、同X2、同X22、同X3及び同X23に対し各金一〇〇〇万円、

(2) 原告X4、同X5、同X6、同X7、同X8、同X9、同X10、同X11、同X12、同X13、同X14、同X15、同X16、同X17、同X18、同X19、同X20、及びX21に対し各金五〇〇万円、

(3) 原告X24及びX25に対し各金三三四万円、

(4) 原告X26、同X27、同X28、同X29及びX30に対し各金六六万八〇〇〇円、

(5) 原告X32、同X33、同X34、同X35、同X36及び同X37に対し各金八三万三三三三円、

(6) 原告X38に対し金五〇〇万円、

(7) 原告X31に対し金五〇〇万円及び右各金員に対する昭和四六年九月一〇日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告秋山会

1  原告らの被告秋山会に対する各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求めた。

三、被告栃木県

1  原告らの被告栃木県に対する各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を付する場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言を付することを求めた。

第二  請求原因

一、当事者

1、原告ら

(1) 原告X1は訴外亡⑬の、原告X2は訴外亡⑦の、原告X22は訴外亡⑭のいずれも母であり、原告X3は訴外亡②の、原告X23は訴外亡⑪のいずれも父である。

(2) 原告X4、同X5は訴外亡④の、原告X6、同X7は訴外亡⑨の、原告X8、同X9は訴外亡⑮の、原告X10、同X11は訴外亡⑫の、原告X12、同X13は訴外亡⑰の、原告X14、同X15は訴外亡⑬の、原告X16、同X17は訴外亡⑯の、原告X18、同X19は訴外亡⑱の、原告X20、同X21は訴外亡①のいずれも父母である。

(3) 原告X24、同X25は訴外亡⑩の兄妹、原告X26、同X27、同X28、同X29、同X30はいずれも訴外亡⑩の亡兄(昭和三〇年一月一六日死亡)の子である。

(4) 原告X32、同X33、同X34、同X35、同X36、同X38はいずれも訴外亡⑥の亡妹(昭和二八年七月一日死亡)の子であり、原告X38は訴外亡⑥の亡兄の長男の子である。

(5) 原告X31ハ訴外亡⑤の叔父である。

2  被告医療法人秋山会(以下「秋山会」という。)は、栃木県知事から病院開設の許可を受け、肩書地において精神病院である「両毛病院」を経営しているものである。

3  被告栃木県(以下「県」という。)はその代表機関である知事が被告秋山会に対し病院開設の許可を与え、かつ精神衛生法五条により、両毛病院に設けられている精神病室の許可病床一五六床のうち、六六床を、被告秋山会の同意を得て、県が設置する精神病院に代る施設(以下「指定病院」という。)として指定したものである。

二、本件事故の発生

(一)  昭和四五年六月二九日午後八時ころ、栃木県佐野市堀米町一六四八番地所在、別紙図面(一)記載の両毛病院第二病棟において火災が発生し、同病棟一棟(木造葺瓦平家建、床面積三〇五平方メートル)を全焼し、この結果同病棟に収容されていた入院患者四七名のうち、別紙被害者一覧表番号①ないし⑰記載の一七名が同病棟内で焼死した。

(二)  この火災は、同病棟に収容されていた入院患者のうち訴外A、同B、同C及び同Dの四名が、いわゆる閉鎖病棟である第二病棟から逃走するため、右病棟に火を放つことを企て、Aの指示に従い、B及びCが新聞紙や古雑誌を持ち寄り、Dも加わって破いたうえ、これを前記布団部屋に運び入れて数枚の毛布、布団のすぐそばに置き、Dが右病棟内の自室から取ってきた小マッチ(以下「本件マッチ」という。)を精神分裂病の末期症状にあって、是非弁別の判断能力を欠く同じ病棟の患者訴外Eに手渡し、ついで同日午後八時ころ、B及びEの両名が前記布団部屋内に至り、Bに点火を命ぜられたEが右マツチで前記古雑誌類に点火して燃えあがらせ、漸次火を同部屋の夜具、板壁、天井などに燃え移らせたことによつて発生したものである。

三、被告秋山会の責任原因

1  民法七〇九条に基づく責任

(一) 本件事故は、前記のとおり、第二病棟に収容されていた入院患者A、B、D、Cらの共謀による放火によつて起きたものであつたが、Aはシンナー嗜癖者で性格異常がみられ、他を煽動する傾向があり、日頃医師、看護婦らに対し退院を強く求めていたのにかなえられず、苛立つていたこと、Bには弄火癖があり、入院中にも二、三度無断でマッチを所持していたところを病院職員に発見されたことがあったこと、本件第二病棟は別紙図面(三)記載のとおり、昭和二年に新築された病棟に順次増改築が加えられた老朽の木造瓦葺一部モルタル建物で、老朽した板壁や床には燃焼性の強い水性塗料が塗られており、建物には耐火性の材料は全く用いられておらず、図面(二)記載のとおり、窓には鉄格子が、出入口にはすべて鍵がかけられて病棟への自由な出入りが出来ない閉鎖病棟であり、右施錠はすべて一つ一つ人手をもつて開放しなければならなかつたこと、各病室には非常口がないか、あつても釘が打ちつけられていて、使用できるのは三か所だけであつたこと、同病棟に収容されていた四七名の患者は、Aを除けば大部分が精神薄弱または精神分裂病等の重症精神病患者であつて、身辺処理能力を欠き、介助を要し、火災発生の際に自力で避難することを期待しえない者が多く含まれていたこと、このような状況のもとにおいては、ひとたび第二病棟に火災が発生すれば大惨事となり、多数の死者が出ることは明白であって、被告秋山会は、このことを予知しえたのであるから、日頃からマッチの管理に気を付けることはもちろん、A及びBらの動静にも十分注意し、建物も耐火構造にし、もつて火災の発生を未然に防止すべき注意義務があつたというべきである。しかるに被告秋山会はマッチの管理に杜撰であつて、本件放火の犯行に用いられた前記マッチも、図面(一)記載の両毛病院第一病棟一階の事務室(看護婦室)で管理されるべきものであつたのを、閉鎖病棟の患者が出入りする同病棟一階配膳室の棚に放置されていたため、Dが看視の隙をみて盗み取り、隠し持つていたものであり、また被告秋山会はA、Bらの動静にも特段の注意を払わず、病棟も老朽木造建築のままにしていたものであるから、同被告には事故の発生について重大な過失があつたというべきである。

(二) また、被告秋山会は、第二病棟に火災が発生した場合には、前記病棟の構造、収容患者の病状等に鑑みて、これを早期に発見して患者を避難させ、もつて患者の生命を保持するため、同病棟に火災報知器または非常ベルを設置し、十分な数の消火器を配備し、防火扉を設け、日頃から収容患者に十分な避難訓練をさせ、少なくとも一〇名の看護人を配置し、火災と同時に病棟のすべての出入口及び非常口を開放して全患者を安全な場所まで避難誘導すべき注意義務があつたというべきである。しかるに被告秋山会は病棟内に僅かの数の消火器を置いたのみで、火災報知器も非常ベルも設置せず、防火扉も設けず、避難訓練もおざなりで夜間避難訓練もせず、看護人は二名配置しながら、本件事故当時はそのうちの一名が私用で無断帰宅中であるのを看過し、本件火災の際は一人残つた老令の看護人が図面(四)のA、Bの扉の施錠を開放したのみで、その余の出入口及び非常口を閉鎖したままにし、よつて本件被害者ら一七名の避難誘導を全く怠つて死に至らせたものであるから、同被告にはこの点においても重大な過失があつたというべきである。

2  民法七一五条に基づく責任

両毛病院の看護人であるK及びMの両名は、本件事故当夜は第二病棟の宿直勤務についていたものであるが、その職責上、同病棟に火災が発生した時は早期にこれを発見し、直ちに収容患者を全員安全箇所へ避難させるべき注意義務があつたものである。しかるにKは火災の発見が遅れ、右病棟患者の通報によつてようやくこれを知つたものの、ただうろたえるのみで、図面(四)のA、Bの扉の施錠だけは開放したが、非常口の施錠を全く解かず、本件被害者らの脱出を不可能にし、かえつて不用意にも内部で燃えている布団部屋の戸を開けて火勢を強めさせる有様であった。一方、Mは事故当時、私用のため無断帰宅していて職場を放棄し、収容患者の救出を全くしなかつた過失がある。

また、同院看護婦Nは、たまたま同病棟南側裏手を通行中、同病棟内に不審火を発見したのであるから、直ちにこれを病院等に通報すべき義務があつたのに、所用を済ませてから通報し、早期通報を怠つた過失がある。さらに同病院事務長兼防火管理者T及び看護婦Pは、事故当時、図面(一)記載の本館事務室に居残つていて、Kらの叫び声で火災を知り、消火器を持つて図面(四)のB、Aの扉を通つて布団部屋前の廊下まで行くことができたのであるから、このような場合には消火活動をする以前に、なによりも病棟の非常口を開け、逃げ遅れた北側病室の患者を避難誘導すべき注意義務があつたにも拘らず、これを怠つた過失がある。

以上のとおり、本件被害者らの死は、被告秋山会の被用者である右K、M、N、T、及びPらの業務遂行上の過失にも基因するものである。よつて被告秋山会は使用者として本件事故による損害の賠償責任がある。

3  民法七一七条に基づく責任

被告秋山会は、第二病棟を所有し、同病棟に本件被害者らを含む合計四七名の精神病患者を収容していた。第二病棟の構造等は前記三、1記載のとおりすべて可然性の老朽木造の閉鎖病棟であり、同病棟の被収容者四七名は、前記三、1、(一)記載のとおり、大部分は身辺処理に介助を要する重症精神病患者であつて、その中にはシンナー嗜癖者と弄火癖を有する者が含まれていた。このような患者を収容する病棟建築物は、火災事故の発生を未然に防ぐため、当然に、建物を耐火構造にし、耐火建材を使用し、前記三、1、(二)記載のような防火並びに消火設備を備え付け、少なくとも一〇名の看護人を配置する等の保安施設を必要とした。また、保安上、布団部屋の管理を十分にし、看護人室から各病室が見通せるような設備構造にする必要があつた。保安施設は土告の工作物と附属的に一体をなし、合して土地の工作物を形成するものと解すべきところ、右保安施設を欠く第二病棟はその設置・保存につき瑕疵が存したものというべきであり、この瑕疵によつて本件事故が発生したものであるから、右工作物の所有者である被告秋山会は民法七一七条に基づいて、これによつて生じた損害の賠償責任がある。

四、被告県の責任原因

1  国家賠償法一条一項の責任

(一) 指定病院の従業員の過失に基づく責任

精神衛生法五条の指定病院である両毛病院の従業員は、同法二九条の規定による措置入院患者の収容及び診療保護について国家賠償法一条一項に規定する被告県の「公権力の行使に当る公務員」に該当する、したがつて、被告秋山会の従業員に本件措置入院患者の死亡事故につき前記のとおり過失があつたのであるから被告県は同法一条一項に基づいてこれによる損害の賠償責任を負う。

(二) 県知事の権限不行使に基づく責任

被告県の代表機関である知事は、精神病院に入院している患者の生命の保持について最善の努力を尽くすべき義務があり、措置入院患者または同意入院患者の別に応じて医療法、精神衛生法等に基づき医療災害の防止のため必要な措置をとる権限を有していたのに、次の(1)ないし(3)に述べるとおり、右権限の行使を怠り、その結果本件事故が発生したのであり、かつその権限を行使しないときは本件事故が発生するであろうことを予知できたから、被告県は国家賠償法により損害賠償の責任を負うべきである。

両毛病院の措置入院患者は、別紙被害者一覧表「入院の種類」欄記載のとおり、被害者番号②ないし④、⑪ないし⑬及び⑯の七名であり、同意人院患者及びその費用別は同一覧表記載のとおり、被害者番号①、⑤ないし⑩、⑭、⑮及び⑰の一〇名である。

(措置入院患者及び同意入院患者に対して共通する責任)

(1) 医療法二四条に基づく責任

本件第二病棟は、前記のとおり、老朽化が著しく、防火管理上も支障があり、消火用の機械器具の設備も不備で、医療法二三条に基づく省令に違反し、火災発生の危険性もあつて、収容患者の保安上危険があつたのであるから、栃木県知事は本件事故前に、医療法二四条に基づいて、被告秋山会に対し、期間を定めて右病棟の全部若しくは一部の使用を制限、禁止し、または修繕、改築を命ずるべきであつたのに、形式的な実地指導と医療監視をしたのみで、漫然これを放置し、その結果本件事故を生ずるに至らしめた。同知事の医療法二四条に基づく権限の不行使は人権尊重の見地から著しく合理性を欠き、違法である。

(2) 医療法及び精神衛生法の精神に基づく責任

被告県が本件事故前に被告秋山会・両毛病院に対して行つた実地指導及び医療監視の行政指導は、同病院の防火・消火設備並びに火災時の避難訓練が全く不十分であり、老朽化が著しい第二病棟が何らの改善もなされずに放置されていたことを看過した実に不適切、杜撰なものであつた。被告県が医療法及び精神衛生法の精神に則つて十分な行政指導を行つていれば、本件事故の発生を防止し得たのにこれをしなかつた違法がある。

(措置入院患者に対する責任)

(3) 精神衛生法一一条に基づく責任

前記のとおり、両毛病院は本件事故当時、措置入院患者を災害防止の上で極めて危険な第二病棟に収容し、指定病院としての運営方法がその目的遂行のため不適当であつたのであり、被告県の機関である知事はこれを知ることができたのであるから、本件事故前に精神衛生法一一条に基づいて指定病院の指定を取り消し、被害者らの生命の危険を除去すべき義務があつたのに、右権限を行使せず、漫然とこれを放置した違法がある。

2  民法七一五条に基づく責任

(1) 同意入院患者に対する民法七一五条に基づく責任

同意入院患者のうち、生活保護法入院患者については、栃木県知事は生活保護法による生活保護(医療扶助)の実施機関であり(同法一九条)、この法律による医療扶助のための医療を担当させる機関を指定する(同法四九条)。この指定の法律関係は被扶助者のためにする公法上の契約であり、指定医療機関は実施機関の委託を受けて、実施機関が本来行うべき医療扶助を現物給付としてそれに代つて行うのでみる(同法三四条)。したがつて実施機関は適切な医療扶助を行うべき法律上の義務者であり、指定医療機関たる被告秋山会に本件事故につき前記のような過失があつた場合には、実施機関である知事の属する被告県も損害賠償責任を負う。

また、国民健康保険法入院患者については、同法による療養の給付を取り扱う療養取扱機関は、医療機関の開設者がその旨を知事に対して申し出て、同知事がこれを受理することによつてその資格が生ずるものであり(同法三七条)、この法律関係は被保険者のためにする公法上の契約であり、療養取扱機関は、療養の給付に関し知事の指導を受けなければならない(同法四一条)。したがつて、知事もまた患者(被保険者)に対して適切な療養の給付義務を負うものである。

以上の場合、医療機関は受託者であり、民法七一五条の「被用者」にあたり、栃木県知事は委託者であり同条の「使用者」にあたる。したがつて、医療機関である被告秋山会に本件事故について過失があつた以上、知事が代表する被告県にもこれによつて生じた損害の賠償責任がある。

(2) 措置入院患者に対する民法七一五条に基づく責任

精神衛生法五条にいう指定病院の「指定」の法律上の性格は、知事と指定病院間の公法上の契約である。この契約は、第三者である措置入院患者のために結ぶ契約であるが、知事は指定病院に対して措置入院患者に対する診療・看護を委託する以上、当然指定病院の運営方法がその目的遂行のために不適当にならないよう指導監督する契約上の債権を有し、指導監督上必要があれば一定の措置をなしうる関係にある(精神衛生法一一条・二九条の五第二項)。しかして指定病院は右の関係の受託者であり、民法七一五条にいう「被用者」にあたり、知事は委託者であり同条の「使用者」にあたるから、被用者である両毛病院に本件事故について前記のような過失があつた以上、知事の属する被告県にも責任がある。

五、損害

(慰藉料)

1 原告X31を除くその余の原告ら三七名の損害について

訴外亡⑤を除くその余の被害者一六名は、本件事故により悲惨な死を遂げ、それぞれ甚大な精神的損害を被つた。これを償うべき慰藉料額は右被害者一六名各人につきそれぞれ金一〇〇〇万円が相当である。右慰藉料の算定にあたり、被害者らの逸失利益を請求していないことを斟酌すべきである。

原告X31を除くその余の原告ら三七名はそれぞれ請求原因一、1記載の身分関係に基づく法定相続分に応じて右慰藉料を相続した。

2 原告X31の損害について

原告X31は本件の被害者訴外亡⑤の亡母の弟であり、⑤の保護義務者として同人の生活の面倒をみてきたもので、⑤の父親と同一視されるべき地位にあり、民法七一一条の類推適用により固有の慰藉料請求権を有するものである。同原告が⑤を突然この事故により失った悲しみの情は絶大であり、この精神的苦痛を償うべき慰藉料額は金五〇〇万円が相当である。

六、よつて、原告ら三八名は被告らに対し各自申立欄記載の損害金及びこれに対する訴状送達の日のうち、その最も遅い日の翌日である昭和四六年九月一〇日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をすることを求める。<以下、<省略>

理由

一当事者及び事故の発生について

請求原因一の事実(当事者の地位、身分関係及び被告両名の関係)並びに同請求原因二の(一)及び(二)の事実(事故の発生)は、当事者間に争いがない。この事実によれば、本件事故は、閉鎖病棟である第二病棟に収容されていたA、B、C及びDらが同病棟の布団部屋にマッチで放火したことにより発生したものであることを認めることができる。

二被告秋山会の責任について

まず秋山会の民法七〇九条に基づく不法行為責任(過失)の存否について判断するため、次の1ないし4の事項について検討する。

1  放火した患者の病歴、性癖等について

A(シンナー嗜癖者)、B、C及びDが、事故当時、第二病棟に収容されていて、共謀して本件放火の犯行を犯したことは、当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

Aは事故当時二一歳の男子で、昭和四〇年一二月、高校を二年で中退し、その頃からシンナーの吸引を覚え、同四一年に少年鑑別所に収容され、横浜市の常盤台学園(非行少年の生活訓練所)に収容されたが、シンナー吸引癖が改まらず、佐野厚生病院(栃木県佐野市)及び南崎病院(埼玉県)の各精神神経科にそれぞれ二回ずつ入退院を繰り返し、昭和四四年二月に自動車窃盗等の非行を犯して関東医療少年院に送致され、同年四月小田原少年院に移送された。同四五年二月二四日小田原少年院を出たが、その後も依然としてシンナーの吸引をやめず、そのような体で自動車の大型免許を取得しようとして自動車教習所に通つているところを発見され、同年三月六日、両毛病院に措置入院となり、第二病棟に収容された。その後、同年五月一八日に第一病棟(開放病棟)へ移されたが、同年六月二〇日に他の患者の使う工作用シンナーを吸引し、同病院の精神分裂病患者Rを誘つて無断離院し、佐野市内で万引をしたため、無断離院とシンナーの入手を防ぐ目的で同日午後五時ころ再び第二病棟に収容された。ところが、その直後同病棟の鉄格子のはまつた窓越しに、第一病棟の患者で陳旧性精神分裂病患者Sをして院外でシンナーを買わせ、これを同棟の患者数人と共に吸引し病室内で騒ぎ、翌晩も同じことをしたため、六月二一日午後七時ころ保護室に収容され、事故当日である六月二九日の午前、保護室から第二病棟に移つたこと、しかし同日夕刻、外部と接触が可能な同病棟の窓越しに、元同院患者Tを脅してシンナーを買わせ、これを吸引し、犯行の共謀をした同日午後七時過ぎころはこのシンナーの影響で若干酩酊し抑制がとれた状態にあつたこと、同人はシンナー嗜癖のほか精神病質者で意思薄弱であり、両毛病院では、このようなシンナー中毒患者は、知能そのものに障害がないためすぐに病院内のボス的存在となり、悪賢しこく、他人を煽動し脅迫したりして他の患者に非常に悪い影響を与えること、シンナー中毒患者は他の一般の精神病患者に対すると同様の治療方法ではよくならず、強制的な雰囲気の中での基礎的な生活訓練や教育訓練によつて治療すべきものであるから、開放的雰囲気の中での人格的治療を行つていた第二病棟の他の一般の患者と同一病棟内に一緒に収容することは、診療保護のうえで好ましくなく、非常に恐ろしいことであつたこと、Bは、事故当時二六歳の男子で、病名は生来性の興奮性精神薄弱、IQは四〇前後の重症痴愚であり、昭和四〇年一月に両毛病院に措置入院になり、同年一二月に一旦措置解除になつたが、家人に対し暴れ、二〇日後再入院したものの、その後も再々無断離院し、昭和四二年五月に自宅のまわりに石油をまいて火をつけたことがあつたこと、同人の性格は飽き易く、虚言癖、弱い者いじめ、盗癖、衝動的な無断離院の傾向があり、閉鎖病棟と開放病棟とを往復していたこと、また病院側では家人から入院前Bに弄火癖があつたことを知らされていたこと、事故当日、同人はA、Dらに第二病の棟床下や天井を通つて同病棟から逃走することを提案しており、当時は心神耗弱の状態にあつたこと、Cは、事故当時二八歳の男子で、病名は軽度の知能低下を伴つた破瓜型精神分裂病、三回目の入院で、今回は昭和四四年二月に父母に乱暴して措置入院になり、入院後間がなかつたため閉鎖病棟に入つていたもので、妄想幻覚の症状はなかつたが、独語、無為、感情鈍麻、自発性減退、自閉症状が見られ、事故当時は心神耗弱の状態にあつたこと、Dは、事故当時二二歳の男子で、病名は生来性の精神薄弱兼真性てんかん、IQは五二の軽症痴愚であり、精薄の症状よりも、てんかんの症状の方が強く出ていた患者で、徘徊癖、てんかんによる周期性不機嫌、暴発性に基づく暴行、逃走、彷徨、自殺企図を示し、被影響性が顕著であつたこと、同人はかつて第一病棟一階配膳室で食器の消毒作業を手伝つていた際、同室から本件小マッチ一箱を窃取して所持し、本件放火の犯行に供したが、当時心神耗弱の状態にあつたこと、Eは、事故当時三八歳の男子で、破瓜型精神分裂病の末期状態にあり、幻聴、無為、無関心、無気力で、被影響性はあまりなかつたが、是非弁別の判断能力を全く欠いていたこと、以上の日頃から仲の良かつたA、B、C及びDは、収容患者の一般的傾向ではあつたが、一日も早く退院して自由な身になりたいと切望し、特にA、Bらは、その病状にも拘らず再三退院を願い出て退けられ、いつその望みがかなうかわからない状況に苛立ち、A、Bの両名が主導して第二病棟の布団部屋の錠を歯ぶらしの柄で開けて、中に隠れ、同所に放火して逃走することを企て、前記のとおり本件事故が発生したものであること、以上の事実が認められる。

2  その余の第二病棟収容患者の病状について

<証拠>によると、次の事実を認めることができる。

両毛病院では、閉鎖病棟である第二病棟の収容基準として、概ね徘徊癖のある者、入院後間がない者、規律が守れない者または自分で身辺処理ができない者を原則的に収容することにしており、そのうち本件被害者らの病名、入院時期、入院後の経過及び事故当時の症状は、別紙被害者一覧表記載のとおりであり、その約三分の二の患者は身辺処理能力がなく、介助を必要とし、万一火災が発生した場合でも、他人が誘導するか、手を引いてやらなければ安全な場所まで避難することができず、逃げるということを自分の力では考えることができない患者ばかりであつたこと、特に⑮は全く自力で動くことができず、⑭は全く耳が聞えなかつたこと、逃げ遅れた被害者らは図面(四)の位置で全身炭化した焼死体となつて発見されたが、検視の結果、死因は全員一酸化炭素の中毒死で、受傷発病の時期は定かではないが発病後約五分で死亡したこと、以上の事実を認めることができる。

3  第二病棟の構造、防火設備、避難訓練及び火災発生直後の状況について

両毛病院は、図面(一)記載のとおり、第一病棟(一階は女子、二階は男子の開放病棟)、第二病棟(男子の閉鎖病棟)、女子病棟(閉鎖病棟)、本館建物、作業所等があつて、収容定員一六二名、事故当時の収容患者一八三名、うち第二病棟の収容患者数は四七名であつたこと、第二病棟は図面(三)記載のとおり、昭和二年に新築され、以後順次増改築された木造瓦葺一部モルタル平家建建物で、図面(二)記載のとおり七病室(大広間及び小病室五室)に区分され、窓には同図面のとおり鉄格子がはめてあり、事務室の出入口及び三か所の非常口は施錠されていたが、各病室間は自由に出入りが出来る状態になつていたことは、当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる十分な証拠はない。

開放病棟である隣の第一病棟は、昭和三七年建築の鉄筋コンクリート造二階建の不燃性建物で、防火・消防設備も整備されていたが、閉鎖病棟である第二病棟は逆に木造で、防火区画、内装防火仕上げは、いずれもなされておらず、天井、壁の大部分は板張り、ペイント仕上げであり、昭和四四年一一月ころ、壁面に水性塗料を塗り、板張りの廊下にはラッカーニスと艶出し塗料が塗つてあつたこと、しかし、栃木県衛生民生部長が、昭和四四年一二月一七日付医号外をもつて、県医師会会長及び同精神衛生協会長を通じ両毛病院に対し通知した「医療施設における火災事故等の防止について」と題する文書(以下「医号外文書」という。)では、未だに木造建築物である医療施設については、可能な限り早期に耐火構造に改築することを強く要請していたこと、これより先、被告県が両毛病院に対し昭和四三年二月一六日に実施した医療法二五条一項の規定に基づき年一回立入検査して行う医療監視(以下「医療監視」という。)の結果、第二病棟の老朽化が著しいことを指摘され、同様に被告県が同病院に対し同年七月一七日に実施した昭和三一年六月八日付衛発第三五七号厚生省公衆衛生局長医務局長連名の通達に基づいて昭和三一年以降、年一回立入検査して行う精神衛生指定病院に対する実地指導(以下「実地指導」という。)の結果、第二病棟の設備全般が近代病院に不適当であることを指摘されたこと、第二病棟の防火設備としては、消火器泡一〇型三個、ABC二〇型粉末四個の計七個と漏電警報器が設置され、敷地内に屋外消火栓が二基設置され、うち一基は第二病棟から約一五メートルの位置にあり、病棟と本館及び他の病棟との連絡は院内電話で行つていたが、同棟には自動火災報知器も、また看護人平山梅雄がかねてより設置を要請していた非常ベルも設置されておらず、誘導灯、標識も設置されていなかつたこと、非常口は図面(二)のとおり東、西、南の三か所にあつたが、いずれも開錠は手動式で一つ一つ看護人らが管理する鍵で開けることを要し、東の非常口と西、南の非常口の鍵は異なり、マスターキーはなく、また非常口は他に数箇所あつたがいずれも針金、釘等で閉鎖してあり、本件事故当時、どの非常口も開放されなかつたこと、布団部屋は平生施錠されていたが、患者でも容易に開放でき、その中に患者が入ると看護人の監視の目が届かない構造になつていたこと、当直看護人は二四時間変則三交代制で、平生夜間は二名おり、事故があれば他病棟の当直者各二名計六名らが駈けつけることになつていたが、本件事故当時は第二病棟仮眠室で待機しているべき当直勤務のM(当時三九歳)が私用で病院に無断で外出中であり、同病棟には看護人(無資格)K(当時六六歳)が一人で当直勤務についていたこと、避難訓練については、前記医号外文書で、消防機関等と消防計画、避難体制の整備について具体的な協議を行い、定期的に実地訓練を実施すべきであり、この場合には、火災による人身事故が夜間、勤務者が比較的少ない時期に多発することに留意し、重症患者等行動困難な患者については、その避難のための措置について十分な考慮を払うよう強く要請され、病院では右文書による通知以前から毎年実施し、昭和四四年に三回、昭和四五年に一回実施し、昭和四四年九月には第二病棟の事務室付近を火元と想定して避難訓練をしたが、いずれも昼間の職員が揃つている状態で実施し、かつ医療上の配慮から重症精神病患者はこれに参加させなかつたこと、火災発生直後の状況は、Aが事務室の戸を叩いて火災の発生を知らせ、最初不審に思つた看護人KがAらの逃走を防ぐため事務室の図面(四)のAの扉に施錠して第二病棟中央の廊下に出、布団部屋の火を見て、北側便所の手洗水を一回火に掛けたが、火勢が強まる一方であつたので、廊下で「火事だ」と二回程叫び、その頃棟内の異常な雰囲気によつて出火を察知した患者らが事務室前廊下に集まつていたので、前記Aの扉の施錠を解いて棟外へ避難させ、ついで狼狽した同人は非常口も開けず、棟内残存患者もそのままにして別棟の保護室へ赴き、中の患者一人を避難させ、再び第二病棟に戻つてきたところ、すでに火勢が強く内部へは入れなかつたこと、火災発生当時たまたま本館事務室にいた事務長(防火管理者)T及び看護婦Pの両名は直ちに同事務室の消火器を持つて前記A、Bの出入口を通つて布団部屋前廊下まで至り、暫時消火器を使用したが、火勢が強まるのみであつたので、そのまますぐに病棟外へ退避したこと、火災は同棟を全焼して一時間後の午後九時一〇分ころ鎮火し、棟内残存患者のうち被害者番号①と⑰は西大広間の病室から、②は直近の小病室からいずれも廊下に出て失命したが、その余の被害者らは自室において失命したこと、以上の事実を認めることができる。

4  本件マッチの管理について

本件放火に使用されたマッチは、Dがかつて看護人と第一病棟一階配膳室へ食器消毒作業の手伝いに行つた際、同室から盗んできたものであることは、前記認定のとおりである。そして、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

両毛病院では、事務長から各看護人に対し、患者がマッチを所持しないよう注意するように言われており、各病棟の事務室に大型マッチ一個を配布し、患者の喫煙用に使用させ、第二病棟では喫煙を希望する者に毎食後の所定の時間に所定の場所で看護人が大型マッチで一人ずつ火をつけてやり、患者にマッチを持たせなかつたこと、しかし職員が病棟内で右大型マッチ以外の小マッチを使用することは事実上黙認されていて、看護人らもこれを使用していたことがあり、看護婦Nも昭和四五年五月中旬ころ、外来者が置いて行つた本件小マッチを第一病棟一階看護婦室で使用し、同マッチに第一病棟一階の略称である「第一下」と黒マジックインクで書き、ついで同棟一階配膳室にこれを移しかえしたこと、ところが同女は右マッチをBやDも出入りする右配膳室西側棚の一段目中央付近に放置しておいたため、Dが時間外に煙草を吸うのに使うためこれを窃取したこと、N看護婦は右小マッチの紛失を本件事故の発生まで気付かなかつたこと、閉鎖病棟患者の所持品検査は病棟への出入りの際、及び入浴時の衣類交換の際等に行つて、年に数回患者のポケット等からマッチが発見されたことがあつたが、今回は発見されず、病院としては医療上の理由から患者に対するあまり厳重な所持品検査は控える方針であつたこと、以上の事実を認めることができる。

5  被告秋山会の過失責任について

以上認定した第二病棟の事故前の客観的状況、つまり同棟収容患者四七名の多くが介助を要し、避難能力を欠く重症精神病患者であつて、中には全く動けなかつたり、耳が聴こえない患者もいた事実、しかも同病棟に多くの非行歴と施設収容歴とを有し前記二、1に認定した性癖を有するシンナー中毒者小曾根隆憲を同居させていたところ、同棟は前記二、3に認定したように、防火区画、内装防火仕上げもなされていない閉鎖された老朽木造建築物であつた事実を前提として考察するときは、被告秋山会は、右病棟に火災が発生すれば、収容患者全員の救出は非常に困難であつて、多数の犠牲者が出るであろうことは客観的に容易に知り得たものと認められる。そうであれば、多数患者の生命を預かる被告秋山会には、第二病棟を直ちに第一病棟と同様に防火設備の整備された不燃性建造物に改築することはできなかつたとしても、その改築までの間、これに近い程度にまで物的、人的な面で欠陥を補うべく、マッチの管理を厳重にして患者が所持しないよう、誤つて所持しているものは早期に発見できるよう十分注意し、かつ問題患者の性癖を的確に察知してその動静に注意し、万一火災が発生した場合には、早期にこれを覚知し、本館や他病棟でも即時覚知しうるよう自動火災報知設備または非常警報器具(非常ベル)を設置し、避難能力のない患者の救出のため、夜間の当直看護人を増員して訓練を施し、もし看護人の員数に不足があれば非常口の数の増加または自動開錠装置等で補い、もつて事故の発生を未然に防止するべく、精神病院の特殊性に応じ、健常者の収容施設よりも高度の注意義務が存したものといわなければならない。被告秋山会は精神病院勤務者の慢性的不足と経営の苦しさ、他の精神病院と比較した患者処遇の慣行をいうが、これらの事項は、法的判断に属する注意義務の有無を直ちに決することにはならない。しかるに被告秋山会は、前記認定のとおり、これらの注意義務を怠つた結果本件被害者らを死亡するに至らしめたものと認められるから、民法七〇九条に基づいて、これによる損害を賠償する責任がある。

三被告秋山会の抗弁について

1  抗弁1について

被告秋山会は、仮に指定病院である両毛病院の従業員に過失があつたとしても、右従業員は、精神衛生法二九条の規定による措置入院患者の収容及び診療保護について国家賠償法一条一項に規定する被告県の「公権力の行使に当る公務員」に該当するから、本件措置入院患者の死亡については地方公共団体たる被告県のみが責任を負い、被告秋山会は責任を負わない、と主張する。

両毛病院が精神衛生法五条に基づく指定病院であり、本件被害者らのうち被害者番号②ないし④、⑪ないし⑬及び⑮の七名が措置入院患者であつたことは、当事者間に争いがない。また、栃木県知事が精神衛生法二九条の規定に基づいて本件措置入院患者を両毛病院に強制入院させた措置権の行使が公権力の行使に当たることも、いうまでもない。しかしながら同法五条に基づく指定病院の指定の法的性質は、精神病院の設置者の同意を要件とする都道府県知事と病院開設者との間の措置入院患者の収容及び診療保護の委託に関する公法上の契約と解されるところ、両毛病院及びその従業員が本件措置入院患者に対して行う具体的な収容及び診療保護の行為は、被告秋山会・両毛病院が知事との間の前記委託契約の履行として、自ら独立に、その経営する医療業務の一環としてなしたものにすぎず、患者と両毛病院の間に何らの公法関係も存しないから、その診療保護行為等に公権力性を認めることはできない。また従業員も被告秋山会の被用者たる地位を有するにとどまり、被告県または知事には個々的な選任監督権も、また身分上の関係もなく、公務に従事しているものでもないから、公務員と認めることはできない。よつて被告秋山会の抗弁1は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

2  被告秋山会の抗弁2について

被告秋山会は、両毛病院の同意入院患者たる被害者らのうち、前記生活保護法入院患者及び国民健康保険法入院患者について、医療機関である被告秋山会は患者の医療を担当する受託者であり、民法七一五条の「被用者」に当たり、栃木県知事は委託者であり、同条の「使用者」に当たるから、仮に被告秋山会に本件事故の過失があつたとしても、その責任は被告県のみが負い、被告秋山会は負わない、と主張する。

被告秋山会が生活保護法の指定医療機関であり、また国民健康保健法の療養取扱機関であること、本件被害者らのうち被害者番号⑤ないし⑦及び⑩の者が生活保護法の患者であり、同番号①、⑨、⑭、⑮及び⑰の者が国民健康保険法の患者であることは、当事者間に争いがない。

しかしながら都道府県知事が病院開設者または医師本人の同意を得て、これらの者を生活保護法による医療扶助の指定医療機関に指定すること(生活保護法四九条)の法的性質は、一種の準委任契約と解されるが、これによつて両者の間に民法七一五条に規定する使用者・被用者の関係が生ずるものとは認められない。けだし指定医療機関が被生活保護者に対してなす診療行為は、前記準委任契約の内容に従い、独自の資格・立場で独自の判断に基づいて行うものであつて、都道府県知事はその個々の診療行為について指示監督権限を有せず、右各診療行為を都道府県知事が自ら実施しているという関係もななく、両者間に身分上のつながりも認めることができないからである。また、国民健康保険の保険者は、市町村、特別区及び健康保険組合であつて、都道府県ではなく、被保険者は原則として市町村または特別区の区域内の世帯主及びその世帯に属する者または健康保険組合の組合員または組合員の世帯に属する者である。都道府県は、右保険事業が健全に行われるよう必要な行政指導を行う責務があるが、自ら療養取扱機関となるものでない。病院開設者が右療養の給付を取扱おうとする場合は、都道府県知事にその旨を申出て、受理されることを要するが、この関係は公務上の契約関係であつて、都道府県知事が保険者に代つて療養取扱機関との間に国民健康保険法に基づく療養給付を目的とする契約を締結したものと解されるところ、都道府県及び同知事には右療養取扱機関に対し被保険者たる患者に対する個々の診療行為の内容について指示監督権限はなく、また両者の間に身分上のつながりも存しないものである。したがつて生活保護法及び国民健康保険法のいずれについても、都道府県または同知事と病院開設者との間に民法七一五条の使用者・被用者の関係を認めることができず、また履行補助者たる関係も認めることができない。

生活保護法五〇条二項、五三条及び五四条には、都道府県知事の指定医療機関に対する指導・審査・検査の権限が定めてあり、国民健康保険法四一条及び四六条には知事の療養取扱機関に対する指導監督権限が規定してあるが、これらはいずれも右二法に定められた医療の給付が適正になされることを目的として認められた一般行政上の権限を定めたものにすぎず、これをもつて民法七一五条に規定する使用者・被用者の関係を根拠づける規定と解することはできない。

よつて被告秋山会の抗弁2の主張も採用できない。

3  被告秋山会の抗弁3について

被告秋山会は、措置入院患者たる被害者らについては、指定病院である被告秋山会は措置入院患者に対する診療・監護を担当する受託者であり、民法七一五条の「被用者」にあたり、栃木県知事は委託者であり、同条の「使用者」にあたるから、仮に被告秋山会に本件事故の過失があつたとしても、その責任は被告県のみが負い、被告秋山会は負わない、と主張する。

しかしながら都道府県知事の精神衛生法五条に基づく指定病院の指定の法的性質については、被告秋山会の前記抗弁1について説示したとおりであつて、指定病院は独自の資格・立場で措置入院患者に対し診療保護行為をなすものであるから、両者の間に民法七一五条に規定する使用者・被用者の関係は存しないものと解するのが相当である。

精神衛生法一一条、二九条の五第二項は、都道府県知事の指定病院に対する指定の取消しや必要と認める場合の患者の症状の報告義務等を定めているが、これらは指定病院の個々の診療保護行為の指示監督権限を定めたものではなく、行政上の一般的な権限を定めたものにすぎず、これをもつて民法七一五条に規定する使用者・被用者の関係を根拠づける規定と解することはできない。

よつて秋山会の抗弁3も採用しない。

四被告県の責任について

1  原告らの請求原因四、1、(一)の主張(国家賠償法一条)、同四、2、(1)及び(2)の各主張(民法七一五条)は、被告秋山会の前記抗弁1ないし3に対する判断で示したとおりの理由で、いずれも失当である。

2  請求原因四、(二)、(1)及び(3)(県知事の医療法二四条及び精神衛生法一一条の権限不行使に基づく国家賠償法一条一項の責任)について

栃木県知事が本件事故前に被告秋山会に対し医療法二四条(医療施設の使用制限禁止命令等)及び精神衛生法一一条(指定病院の指定取消)の各権限を行使しなかつたことは、当事者間に争いがない。

原告らは、知事の右権限不行使は、著しく合理性を欠き、違法であり、よつて本件事故が発生したものであるから、被告県はこれによる損害を賠償する責任がある、と主張する。

<証拠>によると、次の事実を認めることができる。

被告県の衛生民生部長は、昭和四四年一二月一七日付前記医号外文書をもつて、栃木県医師会長及び同精神衛生協会長を通じ、被告秋山会に対し、火災事故防止のための行政指導をしたが、その要旨は、前記理由欄二で一部認定したとおりであつて、(1)医療施設は、患者収容の特殊な事情があるので、火災予防に対する十分な配慮が必要であること、火災が発生した場合は早期発見及び通報に努めるほか患者避難に万全を期するなど人身事故を絶対に起こさないよう常に格段の配慮をすべきであること、(2)消防計画及び避難体制を整備する場合は、消防機関等と具体的かつ十分な協議を行い、定期的に実地訓練を実施して、不測の事態においても敏速かつ適切な行動ができるよう配慮し、特に計画立案及び訓練の実施に当つては、火災による人身事故が夜間、勤務者が比較的少ない時期に多発することに留意すること、(3)重症患者等行動困難な患者については、その避難のための措置について十分な考慮を払うこと、(4)現在、木造建築物である施設については、可能な限り早期に耐火構造に改築すること、(5)消防用設備及び用水については、適正な配置に努めると共に、常に点検して消防機能の低下をきたさないようにすること、という内容であつたこと、また、同県衛生民生部長は、昭和四五年三月二五日付保予第三一三号をもつて、岡本台病院長及び被告秋山会・両毛病院を含む県内各精神病院長に対し「精神病院における管理運営の強化について」と題する文書(丙第二号証)を送付して火災その他の事故防止のための行政指導をしたが、その要旨は、精神病院の患者処遇についての批判が世論の的になりつつあり、ここ二年来、小火災と患者の自殺事故が二、三件引続いて起きているので、本県においては少なくとも精神病院の管理運営をめぐつて患者家族はもちろん、一般県民からその適正を欠く等の批判を受けることのないよう積極的な配慮を求める、というものであつたこと、さらに、栃木県知事は、昭和二七年以降、毎年一回、前記医療監視を実施し、県衛生民生部医務課の職員二名ないし四名を両毛病院に派遣して、医療法及び厚生省医務局作成の医療監視要領に基づき、同院が法令に規定された人員及び施設を有し、かつ、適正な管理が行われているか否かを検査し、法令に違背する箇所を発見したときは、派遣職員において、即時、病院長及び事務長に対しまず口頭で改善指導をし、後日、この点に関して県衛生民生部長から病院長に対し、文書をもつて不適合事項の通知をしていたこと、例えば、昭和四三年二月一六日に実施した医療監視(昭和四二年度分)の結果、派遣職員は両毛病院の医師、薬剤師及び看護婦の人員が不足し、第二病棟の老朽化が著しく衛生設備が不十分であり、患者を定員以上収容している等の不適合箇所を発見して指導し、同年一二月一三日に実施した医療監視(昭和四三年度分)及び昭和四五年一月二二日実施した医療監視(昭和四四年度分)においても、右とほぼ同様の不適合箇所を発見して強く指導し、その都度文書をもつて両毛病院長に対し通知をしていたこと、ついで栃木県知事は県内指定病院に対し前記実地指導を実施し、昭和三一年以降毎年一回、県衛生民生部保険予防課の職員二名ないし四名を派遣していたが、両毛病院に対してはこれを昭和四二年九月一九日、同四三年七月一七日及び同四四年一二月一九日に実施し、両毛病院長及び同事務長に対し、第二病棟の改善、有資格看護人の補充、緊急事態が発生した際の患者の避難体制の確立について強く改善勧告をし、特に昭和四二年度、翌四三年度の実地指導の際に第二病棟の早期改善を強く勧告したこと等により、被告秋山会は昭和四五年初めころ、本件第二病棟の全面改築の計画を立て、その資金対策を計画立案中であり、この旨を県派遣職員に対して明言していたこと、第二病棟の自動火災報知器は佐野消防署の設置指導に基づき事故当時施工業者に依頼し設計図面作成中であり、近く設置される運びになつていたこと、以上の事実を認めることができる。

さて都道府県知事その他の公務員の不作為が違法と認められるためには、当該公務員に法律上の作為義務が認められなければならず、医療法二四条及び精神衛生法一一条の規定に基づく前記強制権限は、都道府県知事の行政上の義務ということはできても本件被害者ら特定個人に対する法律上の義務と解することができないから、この権限の不行使をもつて直ちに違法であつて、知事の属する都道府県が国家賠償法上の賠償責任を負うということにはならないと解される。もつとも、その不作為が著しく合理性を欠き、違法である場合には、なお国家賠償法上の損害賠償責任を認める余地はあるが、前記認定のとおり、被告県及び同知事が被告秋山会に対して毎年実施していた医療監視及び実地指導その他の行政指導の内容、特に昭和四二年度と翌四三年度の実地指導の際に第二病棟の早期改善を強く勧告した等の結果により、被告秋山会が昭和四五年初めころ、第二病棟の全面改築の計画を立て、その資金対策を計画立案中であり、自動火災報知器も施工業者が設計図面作成中であつて、その工事の矢先の事故であつたこと、その他栃木県知事として覚知可能な前記認定の第二病棟の構造、防火設備、避難訓練の状況を総合して判断するときは、栃木県知事において被告秋山会に対し医療法二四条及び精神衛生法一一条に基づく前記各権限を行使しなかつたことに、著しく合理性を欠き、違法であつたとは認められない。

よつて原告らの右主張は失当である。

3  請求原因四、(二)、(2)(被告県が十分な行政指導をしなかつたことに基づく国家賠償法一条一項の責任)について

原告らは、被告県が被告秋山会に対し医療法及び精神衛生法の精神に基づいて十分な医療監視、実地指導及びその他の行政指導を行つていれば本件事故は未然に防ぎ得たのに、これをしなかつた違法があるから、国家賠償法に基づく賠償責任がある、と主張する。

しかしながら被告県またはその公務員の不作為が違法と認められるための要件は、前記2で説示したとおりである。そもそも医療監視及び実地指導は、あくまでも相手方の同調を求めて誘導するという行政指導一般の制度趣旨と限界があり、強制力もないから、その適否自体が直ちに国家賠償法の責任要件を充足するものとは解し難い。のみならず、被告県の被告秋山会に対する前記認定の医療監視、実地指導及びその他の行政指導の内容を総合判断すると、被告秋山会に対する行政指導が右の程度にとどまつたことにつき、被告県に著しく合理性を欠き、違法であつたとは認められない。

よつて原告らのこの主張も理由がなく、失当である。

五損害

前記認定の本件被害者らの死亡の態様、Aらの放火の事実、被害者らの病状、事故発生時期、<証拠>によつて認められる被告秋山会から遺族に対し事故直後若干の見舞金が支払われた事実、その他諸般の事情を考慮するときは、本件被害者らが本件火災によつて受傷し死亡した右不法行為の慰藉料額は被害者ら一名につきそれぞれ金四〇〇万円と認めるのが相当である。そうすると、原告X31を除くその余の原告らは、当事者間に争いがない前記被害者らとの間の身分関係に基づいて、右慰藉料額を、各々その法定相続分に応じて相続したことになる。

被告秋山会は、本件被害者らは生命傷害による慰藉料請求権を自ら取得することはなく、また慰藉料請求権は一身専属的な権利であるからこれを相続人らが相続によつて取得することはない、と主張する。

しかしながら民法七一〇条によれば、ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、その損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がない限りこれを行使することができ、被害者が死亡したときは、その相続人は当然に右慰藉料請求権を相続するものと解するのが相当であつて、被害者らが右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がない本件においては、被告秋山会の右主張は採用することができない。

六原告X31の請求について

原告X31が訴外亡⑤の叔父であり、同原告が⑤の保護義務者であつたことは、同原告と被告秋山会間に争いがなく、<証拠>によると、亡⑤は原告X31の姉の子として大正九年一一月一五日出生したが、母は昭和四年一二月五日に死亡し、父もそれより三年程前に死亡していたので、祖父(昭和一六年二月一〇日死亡)及び群馬県山田郡大間々町大字高津戸に居住していた叔母方に引き取られて養育され、その後昭和三二年六月に両毛病院に入院するまでの間、原告X31も亡⑤の小学校卒業直後とか、昭和二八年ころ及び同三一年ころに一時自宅に引き取つたり、生活費の一部を仕送りし、両毛病院入院後は昭和三六年八月までの間原告が入院費合計五五、六万円を支払い、若干の日用品や月二〇〇〇円程度の小遣を与え、その後は生活保護法による入院患者となつた同人に対し少額の小遣を与える程度で、同人には昭和三六年以来一度も面会していなかつたこと、以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる十分な証拠はない。ところで、民法七一一条に規定する被害者の父母・配偶者・子以外の者であつても、これらの者と実質的に同視しうる関係を有する近親者に対しては民法七一一条を類推適用して固有の慰藉料請求権を認めることはできるが、原告X31と亡⑤との前記認定の間柄では、いまだ同法所定の者(父)と実質的に同視しうる程度の関係があつたものと解することはできない。したがつて原告X31の被告秋山会に対する本件慰藉料請求は認めることができない。

七結論

そうすると被告秋山会は原告X31を除くその余の原告ら三七名に対し、それぞれ主文第一項掲記の金員及び右各金員に対する訴状送達の日のうち、その最も遅い日の翌日であること記録上明白な昭和四六年九月一〇日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなす義務がある。

よつて原告X31を除くその余の原告ら三七名の被告秋山会に対する請求は右限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、原告X31の被告秋山会に対する請求は理由がないからこれを棄却し、原告ら全員の被告県に対する請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(河野信夫)

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